脱炭素へ急加速、 水素発電の最前線。

2021-3-1

1. 水素社会へ、世界の足並みは揃った。

2020年10月26日、菅首相は所信表明演説で、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする脱炭素社会の実現を目指すと宣言した。また、その前月には中国の習近平国家主席が2060年までにカーボンニュートラルを目指すとしている。EUは既に2019年に、2050年カーボンニュートラル目標の実現方法を発表。そして2021年1月、アメリカではジョー・バイデン氏が新大統領に就任し、パリ協定への復帰に向けた文書に署名した。このように、世界はカーボンニュートラルの実現に向けて力強く動き始めた。そこでますます期待が高まっているのが、燃焼時にCO2を排出しない水素の発電利用である。

2. カーボンニュートラル社会へのロードマップ。

現在、世界の電力の多くは、安価で、安全で、安定的な化石燃料による火力発電で賄われている。カーボンニュートラル社会の実現には、これまでの発電を続けながら、まずはCO2の排出量を減らす、CO2を回収する。この2つを推進する一方で、再生可能エネルギーの利用を増やし、燃やしてもCO2を発生しない水素燃料やアンモニア燃料の混焼による発電を行う。さらに、水素を混焼から専焼へと燃やす比率を増やしていくことで、全体として排出されるCO2をゼロにするというロードマップが現実的だ。

3. 目指すのは、グリーン水素による大型発電。

水素は様々なエネルギー源から製造が可能だが、化石燃料から触媒等を 用いて改質してつくられる場合は、水素の製造過程でCO2が排出されてしまう。それならば、日本国内に豊富に存在する水から水素をつくればいい、はるばる海外から船で燃料を運んでくる必要もなくなる、と思うかも知れない。しかし、水から水素をつくるには、電気分解が必要となる。電気分解するための電気をどのように調達するのか。このため、水素発電で重要となるのが、完全にカーボンフリーな“グリーン水素”を低コストで調達すること。グリーン水素による発電こそ、カーボンニュートラルの実現に欠かせないものなのだ。

グリーン水素・ブルー水素

例えば風力発電など、再生可能エネルギーによって生じた余剰な電力を使って水を電気分解すれば、製造過程においてCO2を排出することなく水素が得られる。このようにしてつくられる水素を“グリーン水素”と呼ぶ。また、化石燃料からつくられる水素はグレー水素と呼ばれるが、化石燃料からつくられても製造時にCO2を回収・貯蔵して排出しない場合は、ブルー水素と呼び、グリーン水素と並ぶCO2ゼロに向けた解決策だ。

また、グリーン水素を貯蔵して必要な時に利用することで、再生エネルギー代表格の風力発電や太陽光発電の短所である、出力調整能力がない点を補完できる。バッテリーなどの蓄電技術も短期的な需給調整には有効だが、それだけで季節や場所に依存する大規模な需給のアンバランスを解決しようにもコストや技術面で課題が残る。その点、水素なら大容量のエネルギー貯蔵・輸送が可能であり、バッテリーと比較して長時間の調整が可能であることから、世界各国で検討が進められている。

4. 水素をアンモニアにして輸送・保管・燃焼。

では、グリーン水素は、どのようにして輸送・保存できるのだろうか。水素を運ぶためには、冷却して液体にする、メチルシクロヘキサン(MCH)にするなど、いくつかの選択肢があり、それぞれに課題がある。そのような中で有力なのは、水素と窒素の化合物であるアンモニア(NH3)を活用することだ。アンモニアは1分子中に3つの水素原子(H)を持つことから、水素密度が大きく、輸送・貯蔵に必要なインフラの規模が比較的小さくて済み、常温での取り扱いが比較的容易で長距離の輸送にも向いている。すでに国際的に流通しており、製造・輸送・保管において、既存設備を継続して活用することができる。また、直接燃焼による発電への利用が可能で、CO2を排出しない。ただし、水素を直接燃料として使用する場合と異なり、燃焼時に多量のNOxを排出するため、排ガス処理のための脱硝装置が必要となる。

5. エナジートランジションとソリューション

三菱重工グループは、カーボンニュートラル社会の実現に必要な取り組みを「火力発電の脱炭素化」「産業用エナジーの効率的な活用」「カーボンリサイクルの推進」「水素バリューチェーンの構築」と段階的に整理しており、各段階でソリューションを提供していく。既に世界の大型プロジェクトに参画して、その成功を支援している。

天然ガス焚きタービンを水素専焼へ

三菱重工は、オランダのマグナム発電所における天然ガス焚きガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)発電所を水素焚きに転換するプロジェクトに参画している。三菱重工のM701F形ガスタービンを中核とする発電設備3系列のうち1系列を100%水素専焼に切り替えるというものだ。このプロジェクトを通じて、火力発電事業者の水素利活用に向けた需要を喚起していく。また、三菱重工グループはカーボンフリーな水素供給のために欠かせない回収・貯留(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)技術を有しており、水素の供給・輸送・貯蔵に関する国際的な水素サプライチェーン構築を牽引し、水素社会の実現に貢献している。

官民による地域のグリーン水素戦略

アメリカ西部では三菱重工の協力により、ウエスタン グリーンハイドロジェン イニシアティブ(WGHI)が始動。WGHIは、大規模なグリーン水素ベースで再生可能エネルギーの貯蔵を含む、地域のグリーン水素戦略の開発を支援する取り組みで、カナダの2つの州も参画している。グリーン水素の活用によりアメリカ西部のエネルギーの信頼性と独立性を高め、地域の雇用を創出するとともに、不経済なグリッド構築の回避、既存インフラの再利用、複数の産業セクターにおける燃料の多様化など、様々な効果が期待されている。

世界初の統合グリーン水素ソリューション

三菱重工は、電力バランスの調整や燃料貯蔵などに関する世界初の統合グリーン水素ソリューションを、アメリカで複数のプロジェクトに対して提供し始めている。この統合グリーン水素ソリューションは、HydaptiveパッケージとHydaptive貯蔵パッケージからなる。Hydaptiveパッケージは、ほぼ瞬時の電力調整電源として、再生可能エネルギーの柔軟な応答を可能にする。これによりシンプルサイクルやコンバインドサイクル発電所が、出力を上下させて、送電網の調整機能を大幅に強化する。Hydaptiveパッケージは、水素と天然ガスを燃料とするガスタービン発電所を100%再生可能エネルギーからグリーン水素をつくる電解槽とオンサイトのグリーン水素貯留を統合する。また、特許出願中のインテリジェントソリューションTOMONITMのソフトウェアや制御は、ガスタービンと電解槽の運転を統合し、より迅速な負荷変化への対応を可能にする。そして、Hydaptive貯蔵パッケージは、Hydaptiveパッケージと大規模なオフサイト水素製造・貯蔵インフラをつなぎ、電力需要のピークにもカーボンフリー燃料である水素を提供する。これらにより、再生可能エネルギー、ガスタービン、グリーン水素、燃料貯蔵技術などを統合する際に発電及び送電事業者が直面する課題を解消し、100%カーボンフリーへの流れを加速する。

岩塩空洞へのグリーン水素貯蔵

三菱重工は、米国のマグナムデベロップメント社とともに、先進的クリーンエネルギー貯蔵事業(Advanced Clean Energy Storage Project)を推進している。風や太陽光による発電で水の電気分解を行い、製造されたグリーン水素を、マグナムデベロップメント社が管理する岩塩空洞に貯蔵。それを発電所などに供給するというものだ。このエネルギー貯蔵容量は、150GWhにもなる。

三菱重工は、世界最先端の水素燃焼技術を持っている。その水素ガスタービンは、既存の発電所設備に対して、最小限の改造で適用が可能となる。2018年には既に水素30%混焼を達成しており、2025年までに水素100%専焼を目指している。世界全体をサステナブルな社会へと変革するためには、大型水素発電を欠かすことはできない。技術開発も着々と進展している。大きな障壁であるグリーン水素のコストも、やがて下げることができるだろう。三菱重工は、カーボンフリーな水素社会の実現のために、あらゆる角度から技術を提供しつづける企業として、世界の期待を背負い、その使命を果たしていく。