水素ガスタービン 30%混焼技術が完成 CO2 フリーへの道のり
2018-3-30
1. 水素エネルギーへの期待と技術
旺盛なエネルギー需要と世界的な脱炭素化という、アンビバレントに挑む
エネルギーの選択肢が着実に増える中で、今なお、その多くを担っているのが火力発電だ。
「従来から化石燃料を使用する火力発電は、技術革新による高効率化などによってCO2削減の努力を続けてきました。最新のコンバインドサイクル型ガス火力(GTCC)のCO2排出量は、石炭火力の半分以下。しかしガス火力もCO2を排出していることには変わりはない。その事実から目を背けることはできないのです。技術者だからこそ、世界の課題、そして期待には敏感です。旺盛なエネルギー需要とCO2削減。このアンビバレントで高い要求に、技術者は応えなければならない」。
水素社会実現への確かなロードマップ
この技術は、燃焼器以外の発電設備の大規模なリニューアルを必要としない。水素転換へのコストとハードルを下げ、水素社会へのスムーズなシフトを促すという戦略である。
しかし、既存の設備に水素を混ぜることは簡単なことなのだろうか? 混合、燃焼、水素の性質と挙動。それらに起因するLNGとは異なる条件があるはずだ。谷村が実現した水素混焼技術とはどのようなものなのだろうか。技術的ブレークスルーは? そしてその次の一手は? ここで、谷村の、水素との戦いの軌跡を見てみよう。
2. 水素30%混焼の成功が、水素社会への大きな扉を開く
燃えやすい水素と、「逆火」との戦い
優れた物質であっても、それをコントロールし、設備には耐久性を持たせ、品質の高い成果を継続的に得ることができなければ、それは技術とは言えない。その課題を解決するのが技術者である。
逆火。燃焼振動。そして、NOx。これらが、水素30%混焼実現に立ちはだかる壁だ。
水素の特性と、水素と空気の混合に由来する、「逆火」。逆火とは、燃焼器内の火炎が、投入される燃料を伝わって逆戻りしてしまう現象のことである。水素は速く燃えるため、逆火が起こりやすい。
さらに燃料の混合方式も、逆火防止にとっての難題を与えることになる。この技術では、燃料と空気をあらかじめ混合して燃焼器内に投入する「予混合燃焼」という方式を採用。低NOx燃焼が可能なのだが、水素を含有した燃料は逆火を起こしやすい。距離を十分に取ればより十分に混合することができるうえ、低NOxにもつながるが、それは逆火のリスクを高めることにつながってしまう。そこで、スワラノズル(先の尖ったノズル)を改良。ノズル中心部にできる低流速部分を消滅させることに成功し、逆火耐性を大きく向上させた。
燃焼器以外の場所で燃料が燃えることは絶対に避けなければならない。逆火を防止できなければ、水素ガスタービンの成功はない。
燃焼器を破壊する燃焼振動を制御する驚くべき技術
これら、ひとつひとつの現象を抑え、条件を満たしながら、メンテナンス性能を上げ、設備全体の性能を向上させつつ、設備の寿命をも長くすることが求められている。燃料供給のためのノズルの形状と材質の最適化、燃焼器の素材と形状、しゃ熱セラミックスコーティングの材質や粒径の工夫など、最良の素材、最良の形状、最良の組み合わせを見つけ、それらを積み重ねていく試行錯誤こそが、CO2フリーの発電システム、そしてカーボンフリー社会の実現を着実に手繰り寄せる。
ガスタービンユーザーである発電事業者にとって大切なのは、安全、安定供給、そしてコスト。燃料が安定的に供給されることはもちろん、故障が起こらないこと、定期点検のインターバルが長いこと、運転コストが低いことは、電力安定供給の必須条件だ。
「分速3,600回もの高速回転を、年間8,000時間以上連続するという過酷な条件下で3年間運転させ、故障を起こさないという強靱さが求められるガスタービン。LNGのみでも発電が可能で一時的に水素の供給が途絶えても発電を継続するフレキシビリティが、ユーザーにとって大きなメリットであることに間違いはありません」。
燃料供給や価格の変動にも対応でき、減肉、摩耗、振動に強い水素ガスタービンは、多くの技術の結集によって、その回転から輝きを放つ。
3. 100% 水素燃料による発電、水素専焼ガスタービンを実現する
夢のCO2フリー 火力発電―水素100%
そして、0 へ。
水素30%混焼ガスタービン開発に成功した今、谷村が挑むのは、CO2ゼロの火力発電、水素100%専焼技術だ。
だが、水素が高濃度になれば、逆火の危険度は高まる。さらにNOxも増えてしまう。水素専焼向け燃焼器は、水素と空気を効率よく混ぜ、安定的に燃焼させる技術が不可欠となる。
「水素と空気の混合にも、重要な条件があります」と谷村の語りにも熱がこもる。「水素、空気は広い空間では混ざりにくい。旋回流を使ってよく混ぜようとすると、比較的大きな空間を要するのです。このことが、逆火の危険性を高めてしまう。短い時間で混合するためには、できるだけ狭い空間で混ぜなければなりません。しかしこれでもまた、燃料の吹き出し口と、火炎の距離がより近くなり、逆火が起こりやすくなってしまいます。さて、どうするか。そこで考えたのが、火炎を分散し、より細かく、小さく燃料を吹き出す方法です。そのカギとなる技術が、燃料供給ノズルです。通常8本のところを、より数多くのノズルのついたマルチクラスタ燃焼器を改良設計。1本のノズルの孔を小さくし、空気を送るとともに、そこに水素を吹いて混合するという方法を採用しました。この方法だと旋回流を利用しないため、より小さなスケールで混合でき、低NOx燃焼も実現できます」。
まさに優秀だが扱いにくい水素。ノズルの改良による混合方式に関する発想の転換。厳しい条件と戦う技術者の現場である。
水素燃料供給とサプライチェーンの構築 ――そして未来へ向けて
「パイプラインが発達していないわが国においては、水素運搬は大きな課題であることは間違いありません。再生可能エネルギーや、石油、天然ガスから水素を取り出す構想があります。不安定とされる再生可能エネルギーを水素に変換しておけば、エネルギーの貯蔵・運搬ができるというメリットも大きい。今のところ、液体水素、メチルシクロヘキサン(MCH)またはアンモニア(NH3)の形で運ぶことが有力視されていますが、需要をさらに増やすことで、運搬のスケールメリットも出てくるはずです」。
ガスタービンの技術者は、生産から消費までを見据える。
「インフラ整備、多様な利用方法を含んだ水素利用ビジョンが必要です。例えば、技術的改良の必要がない水素20%混焼、出力50万kW、効率60%のガスタービンで使用される水素の量は、1.4t /hです。これは、燃料電池車10~13万台の水素使用量にあたる数字。水素利用を本気で進めるのであれば、水素を使用するタービンを積極的に増やすなど、スピード感を持って水素インフラを拡充させることが絶対に必要。そのためにも、水素ガスタービンは、来たる水素社会を牽引するはずです」。
人類が「火」を手にし、意識的に使用してからすでに50万年の時を経た。ついに、CO2フリーの燃焼を手に入れ、社会を支えるエネルギーとする時が来る。
2025年 水素100%専焼技術 完成へ――――――。